子どものグローバル感覚を養うために大切なこと 〜世界6カ国育ちのコピーライター キリーロバ・ナージャさん〜

2020年7月13日

(前回からの続き)

日本の教育は新しいスキルをアンロックする

ーーーミネルバ大学に限らず、特に欧米の教育は主張すること自体が日本より重視されていると思います。今後さらにグローバル化が進み、世界基準の競争力が求められる中で、日本の教育はそのようにシフトする必要があるのでしょうか?

日本の教育には、良い面もたくさんある気がします。

日本の小学校って世界でも人気があるんですよ。周りの違う国の人から、「テレビで見たよ」とか「本で読んだよ」ってよく言われるんです。例えば、学校の科目もめちゃくちゃ種類があって、ピアニカや跳び箱、料理までなんでも幅広く体験できますよね。

でも海外では、成長していくにつれてだんだん科目が絞られて、図工や体育すらない場合もあります。そういう体験はお金を払わないとできないんです。例えば、ソ連時代の学校だと、自分は何が得意なのかを小学生のときにだいたい浮き彫りされて、運動会は体育が得意な人だけ、作文コンクールは文章がうまい人だけが出るんです。

そうすると、1つのものを極めようとしてほかのことが体験できない。ひと握りの天才はそれでいいですけど、そうじゃなければあとで苦しむと思います。

ーーーというと?

例えばコピーライターって、国語だけよくできればいいと思うかもしれないけど、水を宣伝したいという依頼が来たら、その水の「良さ」って何なのか分析しますよね。数学で言えば因数分解です。そうすると、数学も必要になります。

因数分解を教わって、それをコピーライティングに応用できるとすぐにパッと気づく人はほぼいないと思うけど、よくよく考えてみると、ある分野での知識や体験が別の分野につながることってたくさんありますよね。社会問題のような答えのない課題に取り組んだり、新しいものを生み出すときって、そういう力がとても必要なんですよ。

そうやっていろんな体験をすることは、将来直接役に立たなくても、新しいスキルをアンロックする(開放する)きっかけになると思ってるんです。いろんなことを知って使いこなすことで、引き出しの数の差が圧倒的になるんですよ。

日本人って昔からそういうのが得意ですよね。ノーベル賞をたくさん取っているとか、家業が何百年も続いているというのは、工夫していろんな知識を取り入れているからだと思うんです。一見ジェネラリストでもありますが、そうやっていろんな知識を実社会に橋渡しできるようになると、海外ではできない、たくさんの引き出しを持ったスペシャリストが生まれると思います。1つのことしかやってない人とは全然違うんですよ。

グローバルな時代だからこそ、いろんなところで出会う人や環境、テクノロジーをいかにおもしろがって使いこなせるかが、そういう力をつける鍵になるんじゃないかと思っています。

ーーーでも、それはいまの義務教育の中だけでは、子どもたちも気づきにくいかもしれませんね。

そうですね。日本だと、せっかく小学校で知識や体験を広げても、中学受験や高校受験で「よし、それは置いておいて受験ですよ、暗記暗記!」ってなるから、ちょっともったいないですよね。もしかしたら、運動会とか文化祭を「やらされている」と感じている人もいるかもしれないけど、ゆくゆくは財産になると思います。そうやっていろんなことをつなぎあわせて、子どもが自分でやりたいことを見つけられるようになればいいですね。

だから、海外の教育をそのまま適応させてもダメだろうし、日本の子どもの性格に合うかも分からないと思います。議論しろって言われても“シーン”じゃないですか。そういうときに何を体験させれば話したくなるんだろうとか、工夫して日本式にアレンジしていく必要があると思ってます。

強制的に偶然を起こすミッションで、ほかの価値観に触れる

ーーーグローバル化が進んでいく一方、子どもたちはSNSなどを通して自分と同じような価値観にばかり浸りやすくなっているとも言われています。そうした中、子どもたちはどこでほかの価値観を見つければいいのでしょうか?

本当は子どもって、好奇心をくすぐればいろんなことに興味を持つんですけど、それができる人や環境が少ないと思います。いまではSNSやスマートフォンのニュースには、自分が興味のある情報しか出てこないようになっているから、それがまるで世界のすべてのように見えるけど、子どもたちも退屈していると思うんです。

そういうこともあって、「アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所」で所長の倉成英俊さんがやっている「変な宿題」にゲストで出題したときは、「自分の名前の頭文字から始まる場所に行って、そこに何があったかリサーチしてください」という課題を出したことがあるんです。探し始めるとけっこうおもしろいし、もしつまらなかったらやめればいいだけ。そうやって、ゲーム感覚でいいので、強制的にでも偶然を起こすようなミッションを作るのも1つの方法ですよね。

6歳頃のナージャさん

私も料理を作るときに「まずければもう作らなければいいや」と思って、レシピ本の1ページから順番に作ることもありますし、駅からいつもとは違う道で帰ることもあります。そうすると、「駅の近くにこんなものがあったんだ」という新しい発見があってワクワクするので、もう1回やろうという気になるんです。

子どもたちも新しいことを知るおもしろさが分かれば、知らないことにも興味を持てると思います。すでに知っているものって、安心で居心地が良いからなかなか外に出ようとしないけど、ゲームだと思えば楽しめるんじゃないですかね。

子どもを夢中になっている大人にたくさん会わせる

ーーーもしナージャさんが親だったら、グローバルの考え方を子どもたちに知ってもらうために、どのような経験をさせたいと思いますか?

子どもの性格にもよりますが、何かに夢中になっている大人にたくさん会わせることは大事だと思います。

子どもからは、大人はそんなにおもしろくなさそうに見えるかもしれないけど、実はいろんなものを生み出しているし、おもしろい考え方や経験をしている大人もたくさんいます。だから、そういう大人に出会うと「これはやっぱりおもしろいんだな」という好奇心やワクワク感が芽生えて、いろんなことを体験しようとするんです。そういうことを繰り返すにつれ、何のために勉強しているかも想像できるようになって、語学とか数学とか、必要なものは勝手に覚えていくんです。

私も、親がめちゃくちゃ楽しそうに仕事をしているのを見て育っているので、自分に子どもがいたら同じ姿を見せたいですね。

ただ、子どものタイプによって合う合わないがあるので、その子がどんなタイプかはよく見ないといけないですよね。私には弟がいるんですけど、タイプがまったく違うんです。そうすると、自分が良いと思うものとは全然違うものを選ぶこともあります。だから、押し付けるんじゃなくて、自分で見つけられるようにきっかけを与えたいと思います。

私、小学校でやっていたことなんて8割分かっていませんでした。でも、いろんな経験をして、たくさん引き出しが増えたことは、すごく財産になりました。コピーライターって、ゼロから生み出したり、全然違うものを組み合わせて新しいものを作る仕事なので、自分の経験を違う人の経験と組み合わせると、それだけで見たこともないものになりやすいんです。それは、いろんな学校や先生に出会ったからこそで、本当に感謝しています。

しかもそれって、私が学校で「どうすれば皆がおもしろがってくれるかな」とか「どうすればこの課題をおもしろくできるかな」と、サバイブするアイデアをずっと考えていたことと一緒なんです。昔は自分にとっておもしろいかどうかでしたけど、今はほかの人や商品のためにやっていて、ゲームがちょっと変わっただけの話です。中学生のころからずっとやっていることと、本質的には変わらないんですよ。

そうやって、最終的にはどうにかなるんです。何回も転校したけれど無駄に思えることは意外となかったと思います。だから子どもたちにも、いまこの瞬間だけにとらわれずに、いろんな経験をしてほしいと思いますね。

取材・文/下田 和

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